「インディージョーンズ」
そこのお家は、タクシーが到着した時点からすでにハリソンフォード・モードだった。真駒内の山側の傾斜地に建つその家は、崖に張り付くように、家の周囲にツタのような植物が絡まったなかなかのもの。玄関がいったいどこなのかもわからないほどのワイルドだ。しかし、全体を眺めると、コンクリート打ちっ放しの近代的な建物。
やがて、ご主人が玄関から石段を降りてきた。おっと、ハリソンフォードか?髭の中に顔がある。白いあごひげにメガネ。ジーパンに茶褐色の麻のようなブレザー。肩から提げた袋のようなバック。神秘的な出で立ちに優しい目が印象的だ。
「いらっしゃいませ」
ドアを閉めて出発だ。
「どちらまで?」
「○○大学まで、お願いします」
「了解しました」
○○大学?大学の先生だろうか?
「大学の先生ですか?」
なんと、直球で勝負してみた。
嫌な顔もせずに「そうです」と答えた。
それから、大学までの道のりがインディージョーンズの探検になった。
神秘への興味の触手がハリソンフォードの職種をグー!
グー、グー、グー。ガぁー!
何を言ってるのか、この運転手。そう言われてもしかたのない質問攻め。
「考古学ですか?」
「いえ」
映画とは違うな。
「地質学ですか?」
「いえ」
天文学?物理学?歴史学・・・?ことごとく空振り三振。
最後にハリソンフォードは言った。
「言語学です。アイヌの言語を研究しています。私の監修した辞典もありますよ。今日は論文書きに徹夜をして寝ていないんですよ。学生の授業だけは遅れてはいけないと思ってタクシーにしました」
優しい目が充血しているようだ。
憧れのハリソンフォードは意外と大変なんだなあと思った。
机にかじりつき頭をかきむしって苦悩する男の姿が思い描かれた。しかし、言語学者もタクシードライバーにとっては憧れの憧れだ。映画のように神秘でロマンチックな姿で簡単に論文も手に入らないものなのだなあ~。意外と地味なのだ。
そして、タクシー運賃を支払うと我がハリソンフォードは重いバックを肩から提げて大学の校舎の中へ消えて行った。五月の中旬の札幌はもう初夏のような天気。快晴の空が恨めしいくらいにのどかでライラックの花が見事に咲いている。今年はライラックの花が早い。
作成日: 2008年6月11日(水)
その筋の話1・境界線
「その筋のお話1・・・境界線」
今でこそ、この歳になれば、もう誘われることなどはないのだが、若い頃には野太い声でうっすらと口元に髭を剃った偽モノの女性によく声を掛けられることが多々あった。どうも私は若い頃にはその筋の女性というか男性に好まれる体質のようだ。タクシードライバーとして三十年の人生の中でも四、五回はそんな経験をしている。ハンドルを握っているだけではなく、手を握られたり、太ももをさすられたり、何もわからずこの道に入った私は忙しい職業だと思っていた。
ある時、私は若い男に(これは完全に見た目も男だったが)これからいいとこ行こうよと言われた。この若者とは、車内のプレートに表示されていた介護ヘルパー二級のことで話が盛り上がり、僕も所得したという話しから、美容師をやっていると言い、両刀使いだとか、宮本武蔵かいと思ったが、「おじさん、僕、なんでもしてあげるよ。○○○○○もうまいよ」と言われた。この○○○○○の中に、とてもじゃあないが文字を埋めることはできない。まあ、昔からの日本の楽器とでも言っておこうか。その言葉を聞いて私は正直ドキドキした。その若者が私の○○○を○○○いるのを想像しただけで血圧が五十は上がった。私は丁重に断った。その日一日はその若者との恥ずかしい残像が目に焼き付いていて、それを振り払うのにどれだけ酒を飲んで脳を痛めたことか。それにしてもその若者は結構いい男なのに・・・何故、そんな性癖をもっているのかと不思議に思ったものである。しかし、その境界線は私自身も案外に越えていまいそうで恐い・・・。
私が小中学生の頃、よく遊んでいた同級生がいた。彼は色白の優男で母子家庭で育ち、母親が飲食店に勤め、夜になると働きに出ていた。私も母子家庭であったことからなんとなく親しくなったのであろう。いつも彼の母が出かけた後に、彼のアパートの部屋で遊んでいた。妹もいたのであるが、どういうわけかその存在が薄い。あの時は妹はどこかに出かけていたのだろうと思う。二人きりになった私達はいつものように何をするともなく勝手気ままに過ごしていた。そんな時に、確か何気なくふざけてレスリングをしていて身体を絡めていた時であったと思う。突然にそれは訪れた。不思議に気持ちが高揚し、お互いに見つめ合っていたと思うと、突然彼が口を合わせてきた。私も応じていた。生ぬるい唇のぬくもりが自分の唇にも伝わってきた。当時の小学生にはわかるはずもない男と女の真似事であった。
彼はどちらかというといじめられっ子であった。私がそれをサポートするような立場にいた。お互いに母子家庭でお世辞にも恵まれている家庭ではなく、当時給食費は紙袋で学校に持って行くものであったが、彼も私もよくそれを遅れて提出していた。そんなお互いの境遇を慰め合うものからきたものなのか、心中するような境界線は簡単に越えていた。そして、それっきり彼とは遊ばなくなった。
それから何十年も経ったある日、偶然、彼と出会った。高校卒業から、大学受験、東京で失敗し、就職して、様々な社会の波に翻弄され、最終的にタクシードライバーとして落ち着いてきた札幌で、偶然彼と出会った。あるススキノのスナックにドライバー仲間と入った店に彼がいた。彼が差し出した柾の名刺には○○組というその筋の名前が入っていた。不可思議な時の流れの悪戯を感じた。彼はいつその境界線を越えたのであろうか?それ以来彼とはもう一度二度目の決別となった。
追記:男とキスをしたのはそれっきりで、けっして私は男好きなその趣味の者ではありません。私が女好きなのは私の妻が証明してくれる。・・・おそらく・・・。
ほっといてくれ
俺はブルーだ。べつにパンツの色がブルーなんかじゃない。心が蒼いんだよ。それに犬はパンツなんかはかないし・・・。でも最近は、はく犬もいるらしいけど・・・。そんなの関係ねエだろう~。とにかくブルーなんだよ。ああ、こんなことしてていいのかな~。もう新年が来るっていうのにさ。えっ?何?俺のことかって?俺は犬だぜ。べつにゴロゴロしててもいいだろう。俺が言ってるのはご主人様のことさ。もう還暦になるっていうのに、いいのかい、あんなんで・・・。あんなんでって、何してるかって?そりゃああんた、一言じゃ言えないよ。もう、おそらく来年は豚になるぜ。あいつは。ただ血圧計ばかり測ったところで下がるわけないちゅうになあ~。運動しろ。仕事しろ。何?俺?俺はいいんだ。犬なんだから。ほっといてくれ!


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